『ああ正妻』 (2007年3月発売)
まず、帯の惹句に注目。
---ゴールインしてから始まる物語---
---奥さんという問題(ストレス)---
---夫という病(シック)---
物語の主人公は小早川正人という某大手出版社に勤めるサラリーマン。高級取りなのでいわゆる貧乏話にはならないんですが、小早川が妻から渡される小遣いは月一万円ポッキリ。そう、読者はまずこの稀代の悪妻「雪穂」の傍若無人(小遣い一万円のことではない)に驚かされます。
普通小説の紹介文は物語の方向なり、人間関係なりの絡みに関わる具体的な記述をしないことで、いわゆる「ネタばれ」で興趣が削がれることを回避することが多い(ミステリーでは大前提)のですが、本書では、悪妻「雪穂」の数々の所業を具体的に書くことが、ある意味、ネタばれにあたるかも知れません。
それほど現実離れしていて、んな無茶なという悪妻ぶりですが・・・どうもここら辺が事実に基づいているらしく、そう考えるとちょっとホラーな気味悪さも漂ってきます。
正妻というのは
---法律で認められた、正式に結婚した妻。本妻。---
のことで、内妻(内縁の妻)や愛人と対になる言葉なのでしょうけど、そもそも夫である小早川は内妻や愛人を持つのはもちろん、ちょっとした浮気もしなさそうなタイプ。
では、なぜタイトルに「正妻」それも感嘆符の「ああ」が付いた『ああ正妻』なのでしょうか? そこが読んでいてストンと腑に落ちると俄然面白くなってきます。
本書帯の背表紙にある
「この実験小説はアリかナシか?お決めになるのはあなたです」
という謎めいたコピーの意味は・・・読んでのお楽しみ。
なんだかナゾナゾのような紹介文になってしまいましたが、管理人はどちらかというと笑いながら面白く読みました。
で、読後しばらくして姫野作品の味がじわじわと染み出てくるんですね。文中に出てくる座標軸のページに栞を挟んで、自分の結婚感はこうだから5で○○ちゃんは意外にこっちで○○君はここかな、などと始まったらもう止まりません。
いつの間にかことは悪妻としょぼい夫の話だけではなくなって、生物としてのオスとメスの話から社会制度としての結婚から、単純な勝ち組負け組二分論への皮肉な分析やら、ベストセラーを読む(買う)のは誰か?からジュリアノ・ジェンマとラウラ・アントネッリに至るまで、いやあ広がる広がる。
それにしても姫野作品のたくさんいる登場人物のなかでも強烈なキャラ「小早川正人」と「東雪穂」の誕生ですねえ。うーむ。ふたりとも一作で終わるのはもったいないです。ぜひともシリーズ化していただきたいものです。 もひとつ、それにしても(笑)、この『ああ正妻』とあのスノビッシュかつスタイリッシュな文体の『コルセット』を同時進行で執筆されていたとは・・・。読む方はそれほど違和感なく(というか全然問題なく)読んでしまいます。だって、交互に読んだりする必要はないわけですもの。
管理人 古賀
以下に当サイト最新ニュースにも掲載されたものを再録します。
『ああ正妻』 新刊にさいして
『小説すばる』カーテンコールより
text by 姫野カオルコ
事件ドラマという形式がある。
本当にあった事件を下敷きにして物語にしたもの。
たとえば、殺人事件を下敷きにしたアメリカの映画『或る人』。都知事選を下敷きにした日本の小説『宴のあと』。
ルポルタージュではないのはむろんのこと、再現ドラマでもい。事件は作者の色に染め変えられる。
ただ、作品によっては事実度が非常に高いものもある。
『ああ正妻』がこれである。
ノンフィクションとして出すつもりですらいた。小説の形にしたのは、主人公のプライバシー保護のためである。
と、こうした小説の場合は、主人公のプライバシーをどうプロテクト(隠す)か、その「隠しかた」に「創作」の技術が最も要されることとなる……。
が、この点について、このように工夫したと当ページで明かさんとするのではない。
こうしたこととはまったく別に、私は『ああ正妻』を書いていた年は、日々、口からアワを吹いたようにあたふたしていた。
実は……。
『ああ正妻』を書きながら並行して、『コルセット』書いていたからである。この楽屋裏を打ち明けるにあたり、思わず、スーパーの角で隣人に出会ったおばさんが、「そりゃあもう、奥さん、これがたいへんなのってなんの……」と、彼女をを叩くしぐさをしそうになる。
(スター作家ではない)職業作家の場合、ままならぬ現実的な事情があり、これ仕上げてから、その次にこれ、とはワガママがきかない。
『コルセット』ではとんでもなく上流階級の優雅でアンニュイなラブアフェアを描かねばならず、『ああ正妻』では、とんでもなくしょぼいサラリーマンの日常を描かねばならず……。心がまえの切り換えが、ほんと大変だった。
「このグズッ。さっさとエレガントな情感を書きなさいッ!」
「は、はい……っ」
苦労してエレガント(な階級の人の話を聞き書きする心がまえ)になると、
「何してるのッ、さっさとしょぼい男を描出するのよ!」
「は、はい……っ」
とまあ、かき氷と天麩羅を、交互に一気食べしろと怒られつづけたような年月であった。
http://seidoku.shueisha.co.jp/seishun.html
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